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熊本地方裁判所 昭和51年(ソ)1号 決定

抗告人

株式会社熊本相互銀行

右代表者

上田浩

相手方

有限会社田村工務店

右代表者

田村政美

主文

原決定を取消す。

本件を熊本簡易裁判所に差戻す。

理由

一本件抗告の要旨

抗告人(債権者)は、相手方(債務者)との間の熊本簡易裁判所昭和五一年(ロ)第二二号支払命令申立事件について、相手方が支払命令に対する異議の申立てを取下げたので同裁判所に仮執行宣言の申立てをしたところ、同裁判所は昭和五一年三月八日、異議申立てによつて督促手続が訴訟手続に移行した以上異議申立てを取下げても督促手続は復活するものではないとして、右申立てを却下する旨の決定をした。しかし右却下決定は、大審院昭和一〇年九月一三日決定に反するものであるから、取消されるべきである。

よつて、原決定を取消し、更に相当な裁判を求める。

二当裁判所の判断

1  本件記録によれば、次の事実が認められる。

熊本簡易裁判所において本件支払命令が発付された後、相手方(債務者)が異議の申立てをしたので熊本地方裁判所に一件記録が送付され、第一回口頭弁論期日が昭和五一年三月九日午前一〇時と指定されたところ、答弁書提出期限の同月二日、相手方は同裁判所に対し、抗告人(債権者)の同意のある異議申立取下書を提出した。

同裁判所は同月五日右取下を適法として、一件記録を熊本簡易裁判所に送付した。

そこで、抗告人が同日熊本簡易裁判所に対し本件支払命令について仮執行宣言の申立てをしたところ、同裁判所(原裁判所)は同月八日、異議申立てにより支払命令は失効しており、本件督促手続が通常訴訟手続に移行してしまつた以上、異議の取下げをして一旦失効した支払命令を復活させることはできず、右仮執行宣言の申立ては、支払命令が存在しないのになされた不適法なものであるとして、これを却下する旨の決定をした。

2  仮執行宣言前の支払命令に対する異議申立ての取下げが許されるかどうかについては、周知のとおり積極説と消極説が共に有力な支持のもとに論ぜられて帰一するところがなく、実務においても積極説が多数であるといわれながら必ずしも統一した取扱いがなされていない。

当裁判所は、民訴法四三七条の規定は異議申立てによつて支払命令を確定的に失効させることとしたものではなく、訴訟手続に移行する関係で督促手続上の効力を持続させないことを明らかにしたのにとどまり、督促手続の復活を許さない根拠規定とする程の意味はないと解するし、異議申立ての取下げを許すことが当事者の利益にも合致し、訴訟経済の要請にも副い、濫用と認められる場合を制限すれば法的安定を害することもないと考えるので、積極に解するのであるが、いずれの説をとるとしても、重要なことはその理由づけではなく、私的紛争の適正迅速な解決を目的とする広義の民事訴訟手続の流れの中で、裁判所の判断が右目的に資する所以か否かを見極めることである。

右見地より判断するに、支払命令に対する異議申立てによつて訴訟係属中の甲裁判所が、被告(債務者)の異議申立て取下げを適法として、支払命令を発した乙裁判所に訴訟記録を送付した場合、乙裁判所において右取下げは許されないものであるから事件は依然として甲裁判所に係属中であるとして、督促手続による前件の進行を拒否し、債権者の仮執行宣言申立てを却下することは許されないものというべきである。けだし、右乙裁判所の措置は、当事者に甲裁判所に対する期日指定の申立てを強いて、事件記録を再び甲裁判所に返送することを意味し、かくては各裁判所の法律判断の相異によつて記録送付の繰り返しが行われることを是認することとなり、事件移送の反復を許すのと同様、当事者不在の議論といわざるを得ず、この場合、甲裁判所の判断は乙裁判所を拘束するものとするのが相当と認められるからである(民訴法三二条参照。)。

3  従つて本件については、相手方の異議申立て取下げによつて原裁判所における督促手続が復活したと解することとなり、抗告人は前記のとおり原裁判所に対し異議申立ての取下げを知つた日から三〇日以内に仮執行宣言の申立てをしたのであるから、右申立ては適法というべきである。

よつて、抗告人の仮執行宣言の申立てを不適法として却下した原決定は失当であつて、本件抗告は理由があるから、民訴法四一四条、三八六条、三八八条に従つて、主文のとおり決定する。

(堀口武彦 玉城征駟郎 山口博)

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